-能ある鷹は爪を隠す-
午後の一番最初の授業は眠くてやってられない
特にその授業が音楽ならなおさらだ
いつもはアントーニョ達とサボって屋上で寝ているのだが、今日はそういうわけにもいかない
昨日フランシスに言われて気づいたのだが、俺はこの授業にあと4回出ないと単位が貰えないらしい
つまりは留年することになるのだ
あわてて授業の日程を確認すると、タイムリミットまでジャスト4回分の授業があった
正直進学出来ないんじゃないかと思っていた俺は、ラッキーと思う反面面倒くさいとも思っていた
はっきり言うと、俺は別に進学出来なくても構わない
かといって、同じ学校に通うヴェストの顔に泥を塗るのは御免被る
考えた末、俺は可愛い弟のために残りの授業へ出ることにした
「・・・ねみぃ。」
授業開始から早5分、俺はすでに船をこぎつつあった
「なんやぁ、ギルちゃんもう眠なったん?」
「まぁ、普段この時間に寝てるからしょうがないっちゃしょうがないんだけどねぇ。」
今にもコックリいきそうな俺を見ながらアントーニョとフランシスが苦笑混じりに言った
「・・・俺、寝る。」
ついに我慢出来なくなった俺は、机に突っ伏した
両隣から、やっぱり無理だったかというアントーニョとフランシスの声が聞こえるが気にしない
俺にとっちゃ、授業に出ただけで表彰もんなのだ
腹一杯になっているのと午後の心地良い陽気も合わさって、ついに意識を手放しそうになった瞬間、真上から若い男の怒鳴り声と丸まった教科書が俺の頭めがけて降ってきた
「おい!起きろ、ギルベルト・バイルシュミット!!」
「っ~ッ痛ぇな!!起きてるよ!なにもぶつことねぇだろーが!!」
あまりの痛さに少し涙が出た
だって、角だぜ角
それがクリティカルヒットしたんだから、ダメージはそうとうだ
「いーや、お前確実に寝てただろ。机に突っ伏して。」
でたよ、新人の生徒イビリ
こつは去年大学を出て、今年新しくこの学校に赴任した新米教師らしい
俺は授業にあまり出ないからこいつとはめったに会わないが、噂はよく聞く
職権乱用というか、教師の権限で生徒に威張り散らしたり、気に入らない生徒がいたらすぐにイビルらしい
けっ、いけすかねぇ野郎だ
例のごとく、教師たちのブラックリスト常連者の俺は真っ先に目をつけられた
いちいち小言言ってくるからうるせーし、こいつ自体生理的に受け付けない俺にとってあと4回も授業に出るのはかなり苦痛なのだ
「うっせーな。つまんねぇ授業してるてめぇが悪ぃーんだろーが。だから生徒が寝ちまうんだよ。」
「・・・なんだと。お前、教師に向かってそんな口のききかたしていいと思ってるのか?そう教えてもらったなら、親の顔が見てみたいな。」
この言葉にはさすがの俺もカチンときた。
俺のことを罵倒するのはかまわないが、親父の悪口を言われる筋合いなどこいつには無いはずだ
親父がどんなに偉大か欠片も知らないこいつに
「んだと・・・。てめぇ、親父の悪口だけはゆるさねぇぞ!表でろ!!」
俺のマヂギレカウントダウンが終わりを告げようとした瞬間、教室に高く鋭い声が響いた
「いい加減におやめなさい。」
特に荒れた声ではないのに、大きな威圧感をもった声が一瞬にして教室を支配した
「ローデ、お前どういうつもりだ・・・」
俺は、声の主であるローデリッヒの方を向いて言った
「野蛮なことはおやめなさい。今は授業中ですよ。先生も、今回はいくら彼に非があるとはいえ、少々大人気ないと思いますよ。」
ローデリッヒの一声で、教師はいっきにおとなしくなった
音楽の成績が群を抜いていて、特に気に入っている生徒にこうまで言われちゃ黙るほかないのだろう
「チッ・・・ローデに助けられたな。ただし、次その汚ぇ口で俺の親父貶してみろ。二度と教壇に立てなくするからな。」
俺もややこしくなると面倒だから、これ以上突っかかるのはやめた
まぁ、それくらいじゃあいつは懲りないだろうな
今もすげぇ悔しそうな顔してるし
「ゴホン・・・あー、それじゃあ授業を再開する。教科書P23を開けろ。」
あーぁ、あいつのせいで眠気が覚めちまった
しょうがない、こうなったらただひたすらボーッとするか
俺は持っていたウォークマンの音楽を聴きながら、おとなしく授業が終わるのを待つことにした
授業もちょうど中盤に差し掛かった頃だろうか、ふいにあのクソ教師が俺の名前を呼ぶのが聞こえた
「聞いていたか、バイルシュミット?」
勿論俺が聞いているはずも無い
「聞いてませーん。んで?なんだよ。」
あいつは俺の態度に若干イラッときたようだったが、今回は押しとどめたようだ
というか、やけに顔がニヨついている
「このパートのフルート、お前が吹いてみろ。あぁ、出来ないなら無理しなくてもいいぞ。先生が代わりにやるから。伴奏は、そうだなぁ・・・エーデルシュタイン君お願いできるね?」
ローデリッヒと俺に対する口調が違うのは気のせいではないはずだ
どうやら、こいつはフルートでもかなり難しい曲を指定してきたらしい
まぁ、どうせ俺が吹けずに恥をかく姿が見たいんだろう
フルートなんて、この学校じゃ吹ける奴はそうそういない
それにこのクソ難しい曲だ
あいつの中で、俺が恥をかく確立は100%だろう
「俺がこれ吹いたら、残りの3回分の授業に出なくても単位寄こすっていうんだったらやってもいいぜ。」
まぁ、これくらいの見返りはあって当然だろ
「あぁ、分かった。ただし、出来たらの話だからな。」
承諾も一応得た俺は、面倒臭いと思いながらもフルートを持ってピアノの方へ向かった
「やはりやるのですね。」
先に準備をしていたローデリッヒが俺に話しかけてきた
「当たり前だろ。これ1回で3回分チャラになるんだ。こんなウマイ話他にねぇ。」
「ふふ、貴方らしい。そういえば、貴方と一緒に演奏するのも随分と久しぶりですね。」
「そういやそうだな。まぁ、俺様ならこんな曲朝飯前だけどな。」
目の前には今にも笑い出しそうな勝利を確信したあいつが座っている
「まぁ、そうでしょうね。それでは、始めますよ。」
ローデリッヒの合図と共に、俺は演奏を始めた
曲が進むにつれて教師の顔がみるみる青ざめていく
残念ながら、俺様はフルートが得意中の得意で、しかもこの曲はいわば俺の十八番だ
この学校では俺のフルートの腕前を知っている奴はそこそこいるが、新米のこいつがそれを知るはずもねぇ
ハッ、ざまーみろ
曲が終わり、俺とローデリッヒに拍手喝采が沸き起こった
あの教師はというと、真っ青な顔をして腰を抜かしている
無理も無い、俺に恥をかかせるつもりが自分が恥をかいてしまったのだ
「いやぁ、ほんまにギルちゃんのフルートはいつ聞いても最高やわぁ。プロ並みとちゃうん?」
感心をしたようにアントーニョがこっちへやってきた
「いや、ギルちゃんの演奏はそれ以上だな。お前、確かヴァイオリンとピアノも弾けるだろ?他にもギターとかさ。」
それに続くようにフランシスもこっちへ来た
「あぁ、まぁな。昔親父に散々やらされてよ。」
「俺、ピアノとヴァイオリン聞いたことないんやけど、どれくれい上手いん?」
そういえば、アントーニョにはフルートとギターしか聞かせていなかったような気がする
「そうですねぇ・・・ピアノは私のほうが上ですが、ヴァイオリンはギルのほうが上手いと思いますよ。」
なんだか、普段褒められない分、改めて言われると照れる
「当たり前だろ。俺の親父直伝なんだからな。」
フリッツ親父は特別厳しいわけでは無かったが、教え方はかなり上手かったと思う
それに、演奏するのは嫌いじゃない
「じゃぁ、なんで授業出ないんだ?」
フランシスが不思議そうに聞いてきた
「んなの、面倒臭ぇからに決まってるだろうが。」
俺が至極真面目に答えると、アントーニョが突然笑い出した
「アハハハ、なんやそれぇ。ほんま、ギルちゃんはしょうもないなぁ。」
「本当、それなのに才能あるって羨ましいよ。お兄さんにも少し分けて欲しいくらい。」
「そうですよ。貴方も真面目に出れば、成績は私と変わらないはずです。」
「いいんだよ、成績なんてどうでも。」
そんな俺の返答を聞いたローデリッヒは笑いながら言った
「まったく、貴方という人は。本当に理解に苦しみますよ。」
そんな笑い話をしながら、俺はあいつの前まで行った
「先生、俺がちゃんと吹いたら残りの授業は出なくてもいいんですよね?」
俺は、負けて悔しがっているというより俺の演奏に腰を抜かしているそいつに言った
「・・・あ、あぁ。好きにしろ・・・。お前がフルート吹けるなんてな。」
軽くうなだれるそいつに、俺は追い討ちをかけるように言った
「俺、国際大会で5回近く優勝してんだけどなぁ。お前、教師のくせにそんなことも知らねぇなんてダセェな。」
今回のことでこいつもすこしは懲りただろう
とりあえず俺は、残りの時間を目一杯惰眠に当てるためにアントーニョとフランシス、それにめずらしくローデリッヒも一緒に屋上へと向かった
本日の結果、俺の完全勝利
戦利品は、自由時間