-a memorial day-



  お前と俺は
  二人で一人
  お前の幸せは
  俺の幸せ



「なぁルート、今日はケーキが食いたい。お前が作ったクリームたっぷりのホールケーキ。」
こんなことを、いったい朝から何度言われたことか。
今日は何故か、朝起きてからやたらと兄さんが付きまとってくるのだ。
兄さんと一緒にいるのは好きだが、四六時中ともなるとさすがに困る。
「なぁ、ルート。聞いてんのかぁ?」
「はいはい、後でな。」
後で後でとまったく作ろうとしない俺にいよいよ痺れを切らした兄さんは、ムスッとした顔をした。
「後でっていつだ?」
「後では後だ。今は忙しいってさっきから言ってるだろ。」
俺の答えに納得出来なかったのだろう。兄さんは相変わらず付きまとってくる。
 「なぁってばぁ。」
いい加減うっとうしくなった俺は、かなりキツめに怒鳴ってしまった。
「うるさい!後で作ると言っているだろ。忙しいんだから少し黙っててくれ。」
いきなり大きな声で怒鳴ったのがまずかったのだろう。
兄さんは、悲しそうな顔をしながら部屋を出て行ってしまった。
「しまった、キツく言い過ぎたか。」
慌てて兄さんを追いかけようとしたのだが、すんでの所で踏みとどまる。
「いや、これくらいの灸はすえないとな。」
そう自分に言い聞かせ、俺は溜まった書類を片付けるために書斎へ向かった。



 「次の会議は、3日後か。」
ある程度仕事を片付けた俺は、会議の日程を確認するためにカレンダーの前に立っていた。
カレンダーには様々な会議や仕事の予定が事細かに書かれている。
その予定の中で、一際目立つ印があった。
「ん、これはなんだ?今日の日付にこんなにも目立つ印が。何かあったか?」
まったく分からず、しばらく考えた俺はやっと答えにたどり着き、思わずあっと声を上げてしまった。
「しまった。今日は兄さんの誕生日だ。」
  まさか、俺が兄さんの誕生日を忘れるだなんて。
だから兄さんは、俺に誕生日だと気付いて欲しくてあんなに纏わりついてお気に入りのケーキをねだったのか。
そんな考えにまったく気が付かず、俺は仕事にかまけて大切な予定をすっかり忘れてしまっていた。
こんなことでは、弟失格だ。
俺の頭に兄さんの悲しそうな顔がよぎる。
その瞬間、俺は何も考えずに走り出していた。



家に戻って来たのは、もう辺り一面真っ暗になってからだった。
あの後、急いでケーキの材料とプレゼントを買いに行ったのだが、なかなか決められずこんな時間になってしまったのだ。
急いでリビングのドアを開けた俺を待っていたのは、真っ暗な部屋のソファーの上で体育座りをする兄さんだった。
兄さんの周りの空気は、今にもキノコが生えそうなくらいジメジメしている。
「兄さん、あの…。」
俺の声にビクッとしたのだが、一向にこっちを向いてくれない。
「すまなかった。仕事が忙しくて…その、忘れていた。」
兄さんはうんともすんとも言わない。
「許して…くれないか?」
俺のその言葉を聞いた兄さんは、やっとこっちを向いてくれた。
こっちを見る兄さんの目は少し赤くなっていて、かすかに泣いた後がある。
無理もない、兄さんは自分が世界の嫌われもので、一人ぼっちだと思っているのだから。
いつも、一人楽しすぎると言っているが、心の中では寂しがっているのだろう。
それでも、俺だけは毎年誕生日を祝ってきた。
そんな俺が忘れてしまったのだ。兄さんにとっては相当ショックだったはずだ。
兄さんはさっきからただひたすら俺を睨んでいる。
やっと口を開いた兄さんは、ボソリと俺に向かって呟いた。
「ケーキは…?」
「勿論ちゃんと焼いてきた。お詫びにクリーム3割増だ。Berliner(ベルリーナ)もあるぞ。」
それを聞いた兄さんは、さっきまでの落ち込みが嘘だったかのように目を輝かせながら走り寄ってきた。
「本当か!?」
まるで子供のようにはしゃぐ兄さんを見ながら、可愛いと思ってしまう俺も大概重傷なのだろう。
俺からケーキを奪い取るように受け取った兄さんは、さっそく嬉しそうに頬張り始めた。
「んー、うまい!やっぱお前の作るケーキが一番うまいな。」
ケーキを片手に満面の笑みで兄さんが言った。
兄さんは本当に甘いものに目が無い。
あまりにも急いで食べたので、口元にはクリームがついていた。
「クリーム、ついてるぞ。」
口元のクリームを舐めとった俺は、その甘さに思わず顔をしかめた。
「甘い…こんなものよく食えるな。いつか病気になるぞ。」
そんな俺の言葉に、兄さんは真っ赤になって反論した。
「いいんだよ、俺様はそういう病気には一切縁がねぇんだからな。」
それだけ言うと、兄さんはまた、夢中でケーキを食べ始めた。



「ふー、食った食った。」
1ホールでは足りず、もう1ホール食べた兄さんはソファーに寄り掛かりながらかなり満足そうに言った。
そんな嬉しそうな兄さんを見た俺は、おもむろにポケットから小さな箱を取り出す。
「なぁ兄さん、もう一つプレゼントがあるんだ。手を出してくれ。」
  その俺の言葉に、兄さんは素直に従った。
 「こうか?」
一体何を貰えるのか、待遠しそうに手を出す。
俺はその指に、シルバーのリングをはめた。
「な、なんだよこれ。」
驚いたように大きな声を上げ、リングを呆然と見つめる兄さんに、俺は答えた。
「ペアリングだ。」
  未だに事態が飲み込めない兄さんを、俺は優しく抱き締め、諭すように言った。
「これで、俺はいつも兄さんと一緒だ。だからもう、自分は一人だなんて思うな。」
俺の気持ちがようやくわかった兄さんは、返事の代わりに、俺を抱き締め返してくれた。
言葉はなくても、今の俺には十分だった。
俺は、兄さんの耳元で今日もっとも伝えたかった言葉を囁く。


「Ich liebe es. Ich bin geehrt mein älterer Bruder」